胃ろうの問題点を解説!納得のいく最期を迎えるために

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胃ろうは、チューブを通して胃に直接栄養を送る手段です。

胃ろうは、嚥下障害などによって口から物をたべれなかったり、

食べてもむせてしまい肺炎の危険性がある人に対する栄養補給方法として、開発されました。

栄養を注入する方法は胃ろうだけでなく、点滴や、鼻から入れた直接チューブによって栄養を注入する方法もあります。

ですが、点滴は長期間の使用には向きません

また鼻から入れるチューブは固定が弱く、抜けてしまうことも多いです。

鼻に異物を入れるので、不快感が強いことも問題です。

そして、チューブが邪魔をして飲み込みや、発声のリハビリなども行いにくいといったデメリットがありました。

 

一方で胃ろうは、胃に直接栄養を送るため、チューブを鼻から通している不快感もないですし、

飲み込み、発声のリハビリも行いやすいといったメリットがあります。

胃ろうを造る手術は簡単であることや、鼻からのチューブは2週間程度で交換しなければならないのに対し、

胃ろうは1か月から長いもので半年程度もちます。

 

こういったこともあって、胃ろうは急速に広まっていきました。

ここまで聞けば、胃ろうができてよかったと思われるかもしれません。

 

しかし、問題もありました。

それは、老衰や回復の見込みのない高齢者にも、栄養を与え続けることができるという点です。

 

本来、病気の苦しみをとるためにあるのが医療です。

ですが過剰な医療行為によって、

本人やそれを見守る家族に、かえって苦しみを与えている可能性が指摘されるようになったのです。

 

このような現状があり、そこに直面した医療関係者や、患者とその家族の間で、

むやみな胃ろう造設に疑問を投げかける声があがりました。

はたして、胃ろうを使用することは間違いなのでしょうか。

 

本記事では、胃ろうの問題点や、納得のいく最後を迎えるために、

どのように医療と関わっていくべきかについて、個人的な見解を記していきます。

今回あつかう内容は非常にデリケートな問題です。

なぜなら、胃ろうの問題は、その人の死生観や人生観に関わる問題だと、私は考えているからです。

以下記述していることは、あくまでも一個人の意見として捉えていただき、

実際にどのように医療と関わっていくかは、主治医としっかり相談した上で決めていかれるようお願いいたします。

 
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胃ろうの問題点とは なぜ嫌がられるか

冒頭でもお伝えした通り、胃ろうを問題視する人は多くいます。

もちろん胃ろうを使うことによって、

栄養状態が改善し、

病状が好転し、

胃ろうを外して、自分の口から食べられるまでに回復した人も多くいるでしょう。

 

ですが、その陰で苦しむ人もいます。

自分では寝返りひとつすることができなくとも、

会話や、まして自分の意思を何一つ表現することができなくとも、

胃ろうから栄養を与えられていれば命を長らえることができます。

そのような生に、一体どのような意味があるのだろうか、と考える人がいてもおかしくありません。

 

人はそこに存在するだけで意味がある、という意見もあるでしょう。

しかし、それが本来であれば、終わっていた生を無理に長引かせることによって、

生み出されたものであったとしたら、それを喜んで享受できるでしょうか。

 

「親が生きていてくれて嬉しい。会話がなくともそこにいるだけで良い」

というのは、家族の愛情を感じる言葉です。

 

しかし、それが患者本人の苦しみの上に成り立っているとしたら、どのように感じるでしょうか。

 

胃ろうをして命を長らえている人は、

苦しいのかどうなのかさえ、

表現する術がなく、

もはや何も感じていないのかもしれない、

それを確認するすべがないという人も多くいます。

もちろん別の意見もあると思いますが、このような点から、胃ろうに否定的な思いを抱く方がいると思います。

 

一方で、胃ろうだけが悪いのでしょうか

例えば、病院では「胃ろうはやめてください」と希望する患者や家族は一定数います。

では、鼻からのチューブなら良いのでしょうか。

チューブがダメなら、点滴はどうなのでしょうか。

 

病院というのは、救命をする場所です。

生命がおびやかされる状況にある人がいれば、何とかして命をながらえるための措置をとります。

病院に連れて行っておいて、延命措置はしないでくださいというのもおかしな話です。

胃ろうは栄養を補給する方法として、点滴などに比べ優れています

ですから、胃ろうをつけて、栄養状態を改善し、病気を治していくことはすごく自然なことのようにも感じます。

胃ろう 問題点 高齢者

それに実際に胃ろうを使って病状が改善し、自分の口で食べれるようになり、胃ろうを外すに至ったという人も多くいます。

こういった胃ろうの使い方なら、誰も問題だと感じることはないでしょう。

 

医師にだって、その患者がどれくらい回復するかは、治療をやってみないとわかりません。

なのに、最初から胃ろうだけはやめてほしいと言うのも、疑問を感じます。

最初から、病気をよくすることを諦めるのでしょうか。

 

ここまでの話だけでも、胃ろうの問題が根深いということが、おわかりいただけたと思います。

ここでいったん、胃ろう以外の栄養補給の方法に、どのようなものがあるのか確認してみましょう。

 
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胃ろうだけじゃない 経管栄養の種類とは

そもそも、胃ろうは体表に穴を開けて、点滴をするように胃に栄養剤を注入する栄養療法です。

時には、栄養だけでなく、薬なども注入することがあります。

胃ろう問題点 手術

上図は胃ろうの手術をする時の模式図です。

チューブは栄養物を注入するときにだけつなぎます。

 

冒頭でもお伝えした通り、栄養を注入する方法は胃ろうだけでなく、鼻からチューブを入れる方法もあります。

鼻からチューブを入れる方法は、鼻やのどの奥に常に違和感を感じます。

下画像のような状態になります。このチューブは栄養を注入するときだけでなく、常に入れておくことになります。

胃ろう問題点 レビン マーゲン チューブ

 

これらの他に、静脈に点滴をさして栄養を注入する方法もあります。

末梢静脈栄養【まっしょうじょうみゃくえいよう】と中心静脈栄養【ちゅうしんじょうみゃくえいよう】です。

末梢静脈栄養は、一般的にイメージされる点滴と同じものです。

風邪などで病院にかかった時に腕に点滴をしてもらうことがあると思いますが、あれと同じ方法で栄養を注入します。

 

しかし、末梢静脈栄養を続けると、その周囲の血管が痛みやすいので、長期間の実施には向きません。

一方で中心静脈栄養は、心臓の近くにある太い静脈に点滴を行うので、末梢静脈栄養よりも高カロリーの栄養を長期間注入できます。

 

では、胃ろうなどチューブを通して栄養を注入する方法と、点滴を使って栄養を注入する方法では、どちらが優れているのでしょうか。

人は本来、口から食事を食べると、胃で消化し腸で吸収して栄養をとりこみます。

胃ろうなど、チューブを通して栄養を注入する方法では、それと同じような過程を経て、栄養吸収が行われます。

そのため、胃や腸などの消化管の機能が衰えにくいといったメリットがあります。

また、点滴などに比べ栄養的にも優れたものを注入できますし、

胃酸での殺菌や腸管免疫によって病原菌を退治できることから、衛生面でも優れています。

 

胃ろうを造る手術は、慣れた医師がやる場合、30分とかからず終わるほど簡単なものです。

それが長ければ半年も取り替えが不要なわけですから、

鼻からのチューブのように頻繁に取り替えなけらばならないものより、管理が容易です。

 

このような点を総合的に判断すると、

チューブをつかった方法や点滴をつかった方法をすべての中で、胃ろうによる方法は最も優れたものということができます。

だからこそ、これだけ急速に胃ろうが広まってきたのです。

 

胃ろうは中止できるのか

胃ろうに肯定的な意見として多いのは、「胃ろうは病状が改善すれば外せることもある」ということです。

これは確かにそうでしょう。

というか、そもそも胃ろうは病状を好転させるために、一時的に使用されるものとして開発されています。

 

しかし、実際には胃ろうをつけたは良いものの、

胃ろうが取れるほど回復しなかったり、

かえって病状が悪化したり、

あるいは老化により、死に近づいていく人も多いと感じています。

 

そして、よくもならない、悪くもならない、いわゆる「安定した状態」の人も多くいます。

安定した状態というと聞こえは良いですが、

ベッドの上で、自分で身動きをとることもできず、

認知機能が低下するため、会話もできず、

意識があるのかないのか、はた目にはわからない

苦しいのか、楽なのかもわからない。

けれども、胃ろうによって栄養が運ばれてくるから、命を長らえている

という人が、この国にはたくさんいます。

 

では、そのような方の家族が

「胃ろうを作ってみたけど、よくなるきざしがありません。外してください」

と言ったら、医師はわかりましたと外すでしょうか。

私は法律にそれほど詳しくありませんが、おそらくこれは、かなりグレーです。

 

医師が、胃ろうの必要性がないと医学的根拠を持って判断できれば、外すことは可能かもしれません。

ですが、のちのち裁判沙汰になったら、もしかすると医師や病院に賠償命令が下されるかもしれません。

なぜなら、医療機関の使命は、1分1秒でも命を長らえることにあるからです。

 

一度始めた延命措置を終了するには、

複数の医師で議論を重ね、

必要な検査を行い、

回復が困難であると判断し、

家族からの同意を書面で得るなどの作業が必要です(私が知らないだけで、もっと多くの留意事項があるかもしれません)。

 

この中で、家族からの同意というのが、とても厄介です。

なぜなら、あとになってクレームをつけてくるのは、

一番近くで支えていた家族よりも、離れて暮らしていた家族や遠くの親戚などが多いからです。

これらの人にも話を通して、その人に関わる人、全員の意見が一致していることが前提になります。

 

胃ろうを始めるのは簡単ですが、胃ろうを終わらせるためには、大変な労力がかかります。

胃ろうで栄養を摂っている人が、もし胃ろうをやめて口から食べることができなければ、

それは死を意味するわけですから、大変なのは当たり前かもしれません。

 

 

そこで大切なのが、

事前にどのような状態になったら一切の栄養療法を中止してほしいか、などの条件を家族全員で考えておくことです。

胃ろうはしないなど限定的なことではなく、

例えば老衰や認知症になって、口から食べられなくなった時には栄養療法を希望しないなどです

(これでも不十分かもしれません、もっと細かく考えておいてもよいと思います)。

また、家族だけでなく主治医にも意思をしっかり伝えておき、

事前指示書という書面に、主治医や家族と話し合った結論を残しておくことも必要です。

 

胃ろうをするのかしないのか、家族で話しあっておくことが大切

胃ろうの実施を検討するとき、本人に判断力がないケースで迷われる方が多いです。

意思の疎通が難しかったり、意識すらないといった場合には、家族にその判断がゆだねられます。

 

胃ろうなどの栄養療法を行えば、まだ生きることができるが、それを行わなければあとわずかで亡くなってしまう。

しかし、栄養療法を行うことでかえって苦しみを与えることになるのではないか、という思いも駆け巡る。

といった状況のときに、判断を下さねばならない家族はとても辛いです。

 

自分の大切な人の死を前にして、決断を下すことは相当な負担です。

だからこそ、自分自身がしっかりしているうちに決めておくことが大切なのです。

自分の人生に責任を持つと言う意味でも、最期が近い時にはどうして欲しいのかを決めておくべきです。

 

また、そのような親を持つ方も、最期はどうしたいのかということを事前に話す機会を、積極的に持つべきです。

亡くなるときの話なんて縁起でもない、と思われる方もいるかもしれませんが、納得のいく最期を迎えるためには大切なことです。

 

しかしそうは言っても、お互いになかなか話題にあげにくいことですし、話のきっかけがわからないという方も多いと思います。

そんな方は、お葬式の話から始めてみてはいかがでしょうか。

胃ろうなどの栄養療法は、必要になるかどうかわからない話ですし、急に話しだすとびっくりされるかもしれません。

 

ですが亡くなればほぼ全ての方が、お葬式はされます。

お葬式に呼びたい人はいるのか、

どのくらいの費用で、

どんなところでしたいのかなど、

胃ろうの話よりもいくぶん話題にしやすいのではないでしょうか。

実際にお葬式の話やお墓の話であれば、しっかりしていうちに話しておかなければならない、と感じられている方も多いです。

このようなことに関しては、話す機会を持ったことがあるという方も意外と多いのではないでしょうか。

 

昔はお葬式というと、自宅で行い近所の人など大勢が参加して行うものであったと思いますが、最近では身内だけこじんまりという人も多いです。

費用も昔ほどかけなくなっているようです。

 

そんなさまざまなニーズに対応するために、葬儀社もいろいろなサービスを用意しています。

こちらのサイトでは、葬式にかかる費用を無料で見積もりなどもしれくれますし、無料で資料請求することもできます。



 

このような資料を見ながら、どのような葬式にしたいかという話ができます。

その話ができたら、もし認知症になったらとか、胃ろうが必要になったら、といった話にうつっても違和感が少ないでしょう。

そうして、家族で胃ろうについて話をする機会を持って、考えておくことが大切です。

 

その時にも、単に胃ろうは嫌と言った限定的な話ではなく、

胃ろうやその他の栄養療法のメリット、デメリットを知った上で、

栄養療法はどうするのか、もし認知症になったらどうするとか細かく決めておいた方が良いです。

曖昧なままだと、結局最後は家族が苦しい判断を下さなければならない状態になるからです。

 

まとめ

人はある程度の歳をとれば、やがて死にゆく運命にあります。

家族で、どうしたいかを話しておくことは大切です。

しかし、胃ろうをどうするといった話は、急には話題にあげにくいものです。

それに、胃ろうが必要かどうかとか、栄養療法はどうするかといった話は、必要でないうちは真剣になりにくいです。

そこで、胃ろうなどのことについて話すためのツールとして、葬式が良いと考えます。

なぜなら、誰でも死ぬのは間違いないですし、ほぼ全ての方がお葬式はされます。

だからこそ、しっかりしているうちに一度話したいと言っても、違和感が少なく話をすることができます。

そこからなら、胃ろうなどの話題につなげやすいでしょう。

まずは無料の資料請求をして検討されてみてはいかがでしょうか。

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